「輝く痛み」/Shining pain
痛みには肉体的なものと精神的なもの、どちらもが絡み合ったものがあります。
痛みを表現する言葉やオノマトペは細かな症状にあわせて存在し、それだけ様々な痛みの種類があるのだと思いしらされます。
痛みは誰かに適切に伝えることで、痛みの原因が分かり治療を受けることが出来たりします。ですが、我慢し耐えるしかない痛みや、一生付き合わないといけない痛みもあります。
誰かに共感され救われる痛みと、自分だけのものにしておきたい痛みがあります。
私自身は私の痛みに共感しないでほしいという気持ち、私の痛みだけを見ようとしないでほしい、それならいっそ私に気づかないでほしいという歪みを常々抱えて作品を発表しています。その歪みと痛みを描こうと考え、このシリーズが生まれています。
「輝く痛み1.2」では痛みに抵抗していませんが、「3」ではナザール・ボンジュウ(トルコのお守り、邪視や悪意の視線をはね除ける効果がある)を身につけて、視線が突き刺さる痛みと戦おうとする様子を描いています。 ナザール・ボンジュウは人からの悪意のある視線(邪視)を跳ね返すとされるトルコのお守りです。 今はもうなくしてしまいましたが、子どもの頃世界旅行へ行った大叔父と大叔母からお土産としてもらい長いこと部屋に飾っていました。青いガラスのひんやりした質感を思い出します。
キラキラとした星のような模様は目の奥を焼く光、割れた電球のガラスを踏むようなハサミで裂かれるような痛みのバリエーション。自分たちの一部へと組み込もうとする歯車たち、つねって中を暴き見えるよう固定する鉗子、もっと奥へ入り込もうとする指の群れ。拘束され好奇の視線が刺さりどこにも逃げ場はありません。
しかしこの痛みは全て私だけのものです。その痛みに共感などいりません、されたくもないし、根ほり葉ほり聞かれたくありません。どうか暴かないで、私を見ないでください。夢の中でも現実でも責め苛まれる私をどうか見ないでください。
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